秘められた過去~揺れる心
【90話】
俺は初めての『B』に挑む。
心臓が高鳴り、全身に緊張が走る。
アオイは目を閉じている。彼女の静かな呼吸が、部屋の中に響く。
服の上からだけど、わかる。
これが、噂のBか!?
俺の興奮は今がMAXだ。
アオイの吐息が漏れる。
彼女の顔には微かな緊張が見て取れるが、それ以上に信頼が感じられる。
「そろそろ『C』に挑戦してみよう」
俺は心の中で決意し、手を下に移動させる。
そして...
「ちょっと待って!」
えぇっ!? この流れで、ストップが入った。
俺の手は止まる。
驚きと戸惑いが交錯する。
「どーしたの?」
アオイは震えながら答える。
「私、こわいの...」
彼女の体は震えている。
今まで見たことのない、弱々しい姿だ。
「俺も初めてだから、大丈夫だよ!」
この熱くなった体を止めることができない。
しかし、アオイの次の言葉が俺を止めた。
「そうじゃないの。俺くんのことは、好きだから、いいかなって思っていたけど...」
アオイは、泣いている。
涙が彼女の頬を伝って落ちていく。
その涙は、俺の心に深く突き刺さる。
アオイが泣いているのを見たのは、初めてだ。
俺の胸に強い痛みが走る。
彼女の涙が俺に何を伝えようとしているのか、痛いほどわかる。
「ごめん! 俺もアオイのことが好きだから、そうしたいなって思ったけど。今日じゃ無かったよね。ごめんなさい!」
俺は深く頭を下げた。
アオイの気持ちを無視して、自分の感情だけで突き進んでしまったことが、今更ながらに恥ずかしい。
彼女の涙は、俺にとって何よりも重かった。
アオイはゆっくりと涙を拭い、微笑んだ。
俺は深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしたが、心臓はまだ激しく鼓動している。
部屋の中の静寂が一層重く感じられる。
アオイの涙が、俺の心に刻まれた瞬間、彼女の感情がどれほど深いかを理解した。
「アオイ、本当にごめん。俺、君のことを考えてなかった。自分の気持ちばかりで...」
アオイは首を横に振り、涙を拭きながら言った。
「大丈夫。私も、ちょっと焦っていたのかもしれない。でも、108君が理解してくれて、本当に嬉しい」
その言葉が俺にとってどれほど救いになったか、言葉にするのは難しい。
俺たちはしばらく無言のまま、ただお互いの存在を感じていた。
「アオイ、俺はアオイのことを本当に大切に思っている。だから、無理はしないで欲しい。俺たちのペースで進めばいいんだ」
アオイは微笑み、俺の手を握り返してくれた。
「ありがとう。108くん。私も、108君のことが本当に大好き」
その瞬間、俺たちの間に新たな絆が生まれたことを感じた。
お互いの気持ちを尊重し合い、支え合うことができる関係。
これからもずっと一緒に歩んでいける、そんな確信が胸に広がった。
「でもね……」
突然、重い空気が部屋を満たしていた。
アオイの言葉は、まるで鉛のように俺の心に沈んでいく。
彼女の表情からは、痛みと葛藤が読み取れた。
「違うの、108君に秘密にしてることがあるの。でも、このことを話しちゃうと、108君と一緒にいれなっちゃう…」
秘密って、なんだろう?
気になるけど、聞いちゃいけない気がする。
沈黙が続く。
どうしよう、聞くに聞けないし、かける声が見つからない。
時間だけが、重たく流れていく。
「どうしたらいいのか、わからないけど、言わなくっちゃいけないと思う」
「わかった。ちゃんと聴くね!」
「私のこと嫌いにならないでね」
「絶対嫌いにならないよ!! 神に誓うよ!」
アオイは、ゆっくりと、しかし確かに重い口を開いた。
「私の両親が離婚した原因は、私にあるの。私が四年生の時までは、どこにでもある仲の良い家族で、私も両親が好きだった! 五年生になると生理が始まって、お父さんとお風呂に入るのが恥ずかしくなって。そんなある日、私が風呂に入っていると、突然、父がお風呂に入って来て。驚いた私は、大声を出したけど、父に口を塞がれて、体を触られたの。怖くなった私は、何もできなかった」
俺の心は、まるで氷水を浴びせられたように冷たくなる。
「その時、お母さんは、家に居なかったの?」
「母は、私が五年生になると金曜日と土曜日だけ、スナックで働き始めたの。父は、母が仕事の日を狙って、私のベッドに入ってくるようになったの」
この話を聞きたくない、でも彼女の声は止まらない。
「怖くて、言えなかった。そして、私は父にレ〇プされたの。口にタオルを巻かれて、何回も」
俺は一瞬、頭が真っ白になった。
こんなことが、本当に起こるのか?
怒りと悲しみが交差する。
「もう、話さなくていいよ!」
これ以上は、聞きたくないし、感じたことのない怒りがこみ上げて来る。
「それでね、そのことが、母にバレちゃったの。そして、両親は離婚し。私は、児童養護施設に送られたの。なんでも、その時、母には彼氏がいたみたいで、その彼氏が、今でも同棲してる10歳下の彼氏。最悪でしょ!?」
彼女の話は、まるで悲劇のヒロインのようだった。
彼女の痛み、彼女の悲しみは、この世界で最もリアルなものだ。
俺は、彼女がこれ以上苦しまないように、何かできることはないかと考えた。
彼女の過去は変えられない。
しかし、これからの未来は、俺たちが一緒に作り上げていくものだ。
アオイは、この世界で最も強く、美しい少女だ。
そして俺は、彼女が持つ無限の可能性を信じている。
雪が静かに降り積もる冬の夜、世界はまるで時間を忘れたかのように静まり返っていた。
その静けさを破るように、室内電話が鳴り響く。
その音に急かされるように、俺は受話器を取った。
「もしもし!?」
老婆の声が受話器越しに聞こえてくる。
「もう時間だよ。延長するのかい?」
俺は一瞬迷ったが、決心した声で答えた。
「いえ、もう出ます!」
その後、児童養護施設から駐輪場までの道のり、俺たちは一言も交わさなかった。
それぞれの心には言葉にできないほどの思いが溢れていたが、その重さが言葉を封じてしまっていた。
駐輪場に着き、俺は自転車にまたがる。
その時、アオイが小さな声で言った。
「なんか、ゴメンね!」
俺は振り返り、アオイに向かって言った。
「俺の方こそ、ゴメンね!」
その言葉を交わした瞬間、何かが変わった。
俺たちの間に流れていた重苦しい空気が、少し和らいだように感じられた。
それは、お互いへの謝罪だけではなく、これまでの時間を共に過ごしてきた絆の証でもあった。
俺は白いマフラーを巻き直し、自転車のペダルを踏み込んだ。
冷たい空気が頬を撫で、白い息が夜空に溶けていく。
俺の心には、アオイとの別れが切なくも温かい記憶として刻まれていた。
To BE CONTINUED🔜