【第1話】
これは、僕――イチマルの物語である。
明日は、僕の7歳の誕生日。
胸の奥で小さな太鼓が弾けるように高鳴り、心は光で満たされていた。
そして、ずっと夢見てきたもの――テレビの中で勇ましく戦うガンダムの世界――が、ついに手の届くところにあった。
机の上で毎日冒険を繰り広げ、想像の宇宙を駆け抜けた日々。
その夢のかたち――ガンプラ――が、明日、僕のものになる。
思わず叫んだ声は、家中に響き渡った。
「待ちなさい! 明日まで我慢よ!」
ママのユリの声は怒っているようで、でも少し笑っていた。
僕の足は止まらず、小さな胸の期待がドクドクと鳴る。
家からおもちゃ屋までの道のりは、わずか5分。
だけど、僕の小さな足はまるで自分の意思を持つかのように、空を踏むように軽やかだった。
店内に入ると、色とりどりのプラモデルが整然と並び、光を反射してキラキラと輝いていた。
その中で、僕の目はひとつのガンダムに吸い寄せられた。
これだ――僕のガンダムだ!
手に取った瞬間、心の奥から小さな光が溢れ、世界が一瞬、金色の輝きに包まれた。
明日への期待が、体中を駆け巡る。
帰り道、宝物を胸に抱え、軽やかに歩く――その瞬間、世界が止まった。
―――――
「キィキキキィーッ!」
耳を裂くタイヤの悲鳴。
目の前の世界が一瞬で歪み、空気が重く、冷たく、鋭く胸に突き刺さった。
体が宙に舞い、頭が宙を切る感覚。
風が耳を引き裂き、道路の匂い、ゴムの焦げる匂いが鼻を刺す。
「おい、大丈夫か!?」
声は遠く、波打つように聞こえる。
体は重く、熱く、動かない。
痛みがあるのか、ないのかもわからない。
心の奥で叫んでも、声は消えて、世界は灰色に溶けていく。
「ママ……パパ……ミナツ……!」
涙が勝手に溢れ、頬を伝って落ちる。
小さな胸がぎゅっと締め付けられ、喉が詰まる。
体の中で、何かが引き裂かれるような感覚。
目の前の世界は回転し、頭の中で時間がスローモーションになった。
道路の白線は伸び、曲がり、僕の視界を縦横無尽に走る。
遠くでトラックのタイヤが道路を削る音、クラクション、叫び声、悲鳴、全てが一つになって僕の心を押し潰す。
体の重み。
熱さ。
冷たさ。
息が苦しく、心臓が頭の中でドクドクと響く。
「死んじゃうのかな……?」
小さな声で呟く。
でも、胸の奥に光が残っていた。
それは、机の上のガンプラを握る自分、家族の顔、パパの笑顔、ママの優しい目、ミナツの小さな手の温もり――。
その光にすがるように、僕は必死で手を伸ばした。
だけど、何度手を伸ばしても、空は遠く、地面は遠く、誰も届かない。
絶望の波が押し寄せ、涙は止まらず、心は震えた。
―――――
目の前が白く、柔らかい光に包まれる。
まるで雲の上に浮かぶ空間のようで、心は不思議な安らぎに包まれる。
そこに、ひとりのお爺さんが立ち、手招きをしている。
優しい笑みを浮かべ、温かく光を放つ存在。
焦りが胸を締め付ける――けれど、心の奥で小さな声が叫ぶ。
――「絶対に、帰るんだ」
何度も手を伸ばす。
お爺さんの手は届かない。
でも、必死に伸ばす指先に、少しずつ力が宿る。
その瞬間、懐かしい声が耳に届いた。
――「イチマル、イチマル、イチマル」
パパのカズヒロの笑顔、ママのユリの優しい目、ミナツの小さな手。
胸の奥に家族の温もりが染み渡る。
怖くて、痛くて、でも――僕は戻るんだ。
――「絶対に、家族のもとへ帰るんだ」
その瞬間、光が僕を包み、体に力がみなぎった。
涙を拭い、手を伸ばし、心の声を信じて進む。
目の前に待つのは、家族の笑顔。
小さな冒険はここで終わらず、真の物語は今、動き出したのだった。
へと続く。